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"人生とはゲームだ"の本当の意味&面白いゲームの法則

2016/10/29  著者:リル

お乳をあげたあと、授乳クッションの上に乗せたままゲームをしていたら、ウチの子が画面を見ながらこう言ったんです。
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「運ゲー」とは、プレイヤースキルよりも運の方が強く結果を左右するゲームのことを云います。
誰が運頼りのロースキルプレイヤーだと・・・舐めやがってぇ・・・(゚皿゚メ)

しかし、ここで考えてみましょう

運という、自分にはどうすることも出来ない不確定要素を排し、純粋にスキルだけで勝負するゲームこそが本当に面白いゲームと云えるのでしょうか?

私はと答えます

ということで今回は、それなりにゲームを遊んできた私なりのゲーム論を話します。
前半は面白いゲームの法則について
後半は人生はゲームの意味するところ
です。
9:1の黄金比

面白いゲームは必ず・・・

9割が、プレイヤーによって把握や制御できる要素
残りの1割が、不確定な要素

という比率で構成されています。

9割の「プレイヤーによって把握や制御できる要素」というのは、例えば以下のようなものです。
・銃で撃ち、上手く敵に当てれば、敵が倒れる
・ある場所に行けば、あるアイテムが手に入ったり敵に遭遇する

などです。

いずれも、コントローラーの操作技術や攻略に関する知識量といった、いわゆるプレイヤースキルがあれば大丈夫です。
仮にプレイヤースキルが無くても、努力でなんとかなる要素です

残りの1割は予測できない要素です。
予測不能な事態が発生した際に、培った技術や知識、場合によっては直感を使って、臨機応変に体制を立て直していく。
そこにゲームの面白さがあります。

例えば、ゲーム攻略に要する時間を考えてみてください。
プレイヤースキルが全く同じ程度だとしても、挑戦する度にタイムは異なりますよね。
これは何に因るものでしょうか。

プレイヤーには予測し得ない事態が何度も発生する。
これが1割の不確定な要素です。
そして、その個々の事態への対処方法がプレイする度に、あるいはプレイヤーによって異なります。

1割の運、というのが絶妙で、これは多すぎても少なすぎても駄目です。
9割がスキルで何とかなれば、最後の1割が運だとしても「あの時、自分が~すれば巧くいったのかも?」
と思える
わけです

何度も遊べる面白さっていうのは多少の運が絡むとムキになれる

そして予想していないことが起こるから面白い。
「運も実力のうち」
というし、ゲームでも味方につけておきたいですね。

なぜ全てが決まっているゲームは面白くないのか?
パターンが予測可能だと、攻略に拡がりが無くなり、飽きてしまいます

コンピューターが背後で計算しているので、パターンが無限にはなり得ないのですが
「あたかもそこに無限のパターンがあるように感じさせること」
が大事なのだと思います。

例えば、物語を進めていくノベルゲームでも、一度ストーリー見ちゃったら、何度もチャレンジすることは無いものです。

同じ物語形式でも、ドラマやアニメは性質が全く違います。

お気に入りのドラマやアニメは、内容が分かっていてる、つまり展開の予測が可能ですが、何度も楽しめるものです。
それは自分が作品に介在していないからです。
あくまで自分は作品の外部にいて、ただ鑑賞し、影響を与えられる存在だからです。

ゲームの場合は逆に、自分はゲーム内に存在し、ゲームに対して作用し、影響を与えます。
そして影響を与える以上、返ってくる結果が完全に予測可能だと、それはやはりつまらないです。

"人生はゲーム"の意味するところ

人生はゲームだとよく例えられます。
たしかに人生も、隅から隅まで予測可能だったら、たしかに楽だけれど、つまらないかもしれません。
逆に、1日先、1時間先、あるいは1分先のことすら何一つ予測できないほど、カオスに満ち溢れていたとしたら、もはや何の努力もする気にならないでしょうね(*・ω・)ノ

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