先日、メンタリストのDaigo氏が、ホームレスや生活保護受給者といった生活困窮者の命を軽視する発言を配信中にしたことで批判が行われています。

また、その発言を受けて、生活困窮者を支援する団体が「メンタリストDaiGo氏のYouTubeにおけるヘイト発言を受けた緊急声明」を発表しました。
その声明の中に、以下のような文言が含まれています。

ホームレスの人や生活保護利用者の命は要らないとする、DaiGo氏の一連の発言は、人の命に優劣をつけ、価値のない命は抹殺してもかまわない、という「優生思想」そのものであり、断じて容認できるものではありません。

この文言で気になったのは、「優生思想」という言葉と、その使われ方です。
”人の命に優劣をつけ、価値のない命は抹殺してもかまわない、という「優生思想」そのもの”と言っていますが、Daigo氏の発言は優生思想とは全く違い、個人的なワガママです。

本来の優生思想は、ものすごく簡単に言うと、人や社会を保護する思想です。
細かく言えば積極的優生学や消極的優生学など、細かい分類があり、また古代から現代に至るまで長い歴史がある思想なのですが、少なくとも今回のDaigo氏の発言は、優生思想ではなく、ただ人の命を軽視した発言だと言うことははっきりしています。

例えば、中絶も優生思想の考えで行われています。
中絶の場合、母体を守る為に胎児を取り出します。

一方ではナチスに悪用されたりもしましたが、本来は社会福祉政策のもとになっている考え方です。

誰しもがその恩恵に預かっている可能性があります。

優生思想も、命を選別はしますが、それはあくまで手段であり、目的ではありません。

今回の件で、優生思想という言葉の意味が誤って解釈されて、優生思想が批判されるのは間違っています。

また、優生思想は社会的な通念であって、個人規模で抱く考えではありません。
あくまでもその主体は国や社会です。